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REVIEW

ソウルにあったハッテン映画館の歴史をアニメーションで描いた映画『楽園』(「道をつくる2023」)

ソウルにあった古いハッテン映画館の常連だった人たちへのインタビューをアニメーションによって再構成し、1970〜1980年代韓国のゲイシーン黎明期の様子を鮮やかに描き出す、素晴らしい映画でした。

ソウルにあったハッテン映画館の歴史をアニメーションで描いた映画『楽園』(「道をつくる2023」)

 2023年9月23日、GAKU(渋谷PARCO9階)で開催された「道をつくる2023」という、東アジアのクィアカルチャーにフォーカスしたイベントが開催されました。今回で2回目なのですが(昨年はパレードの取材があって行けませんでした)、今回は、何十年も前の性的マイノリティの人々の貴重な体験談を聞くことで若い世代と上の世代をつなごうとすることに重点が置かれ、映画上映やトーク、本の販売などが行なわれました。
 23日と24日の2日間のイベントなのですが、初日の最初に「新宿ボーイズ」という90年代に歌舞伎町のクラブでホストとして働いていた“おなべ”と自称する人たちのドキュメンタリー(なんとBBC製作)が上映され、2つめのプログラムが、この『楽園』という映画でした。
 
 1970〜1980年代、ソウルに実在したハッテン映画館の歴史を案内してくれるのは、緑色の髪をしたクィアの妖精のような人。当時の写真や、映画館で働いていた方のインタビュー映像などもあるのですが、(顔出しできない)常連さんの声は、映画館のチケットやタバコの空き箱やビールの空き缶がしゃべるアニメーションとして表現されていて、単調で地味なドキュメンタリーではない、生き生きとしたポップなテイストを印象づけていました。
 当時の独裁政権下の韓国で、ゲイの人たちが出会える場所というのはほとんどなかったのですが、70年代末、パダ劇場という傾きかけた古い映画館がゲイのたまり場になり、それで経営が維持できたので映画館側も黙認し(というか映画館の売店のおばちゃんが「今日はアンタのタイプの人が来てるわよ」って教えてくれるくらい、フレンドリーだったそう)、という感じで、自然発生的に、乙支路(ウルチロ)から鍾路(チョンノ)にかけてのエリアに4つくらいハッテン映画館ができました(タイトルの『楽園』は、鍾路3街駅のすぐそばの楽園洞(ナグォンドン)という地名にも由来しています)。同じ頃、映画館で知り合った人たちが話せるような場として鍾路にゲイバーもできたそうです。
 当時の常連さん(タバコの空き箱やビールの缶)は、映画館の中がどういうふうになっていたかとか、気になる人の2つ隣に座って、それから間を詰めていって、隣に移り、手すりに手を置いて触れやすくして…といった具体的なアプローチの仕方なども教えてくれました。もちろん、知らずにノンケさんが入ってきて、触られて怒ったりということもあるのですが、映画館の人が仲裁に入ってくれたり、たとえ警察が呼ばれても、警察官がなだめてくれたもしたというお話が興味深かったです(なかには抜いてもらう警察官もいたようです)
 真っ暗な映画館のなかで交わされる、ひとときの情交…そこで出会った人と話して仲良くなったり、飲みに行ったりすることもあれば、そういうことは一切しないという人もいて。「当時は今よりも家庭的だった。今は個人主義が過ぎる」という証言もありました。
 
 顔は見えないながらも、当時の状況を生き生きと語る方たちのお話はとてもリアルで、まるでタイムスリップしたかのような感覚に襲われました。「日本と全く同じだ」と思いました。「あれは僕だ」とも。
 映画のラストシーンは、静かな語りであるにもかかわらず、非常にエモーショナルで、観客の涙を誘うようなものでした。

 客席にはハッテン映画館というものを知らないような若い方たちも多く、ストレートの方なども見受けられましたが、みなさん茶化したり気持ち悪がったりするでもなく、真剣に映画を観ていた様子でした。おそらく、この会場で、あのタバコの空き箱さんやビール缶さんと同じ体験をしてきたのは自分くらいじゃないかと思ったりもして。

 アジアンクィア映画祭で上映された『蛍の光』(以前ハッテンした男性二人が何十年もの時を経て偶然、再会し、ホテルに行き、昔を思い出しながら抱き合って踊るというお話)や『チョンノの奇跡』、最近だと『Weekends』など、韓国のゲイ映画には何度となく泣かされてきましたが、今回の『楽園』にも、はからずも心を揺さぶられ、正直、涙がこぼれました(しゃべってるのはタバコの空き箱なのに!)
 
 92年〜93年頃、上野の「傑作劇場」という今はなきゲイ映画館に通っていたなかで、何人か、映画館を一緒に出て、その人の家に行ったり、ホテルに行ったりするような人がいたのですが、なかでも忘れられなかったのは、社会人草野球をやってると言ってたガタイの大きなお兄さんです。連絡先を交換したわけでもなく、たまにそういう場所で会うとホテルに行くというだけの関係だったけど、僕は彼のことを本気で好きになりかけていて。でも、3回目に会ったとき、彼は「もうすぐ田舎の福島に帰って結婚することになってるんだ」と寂しそうに言いました。それっきり、もう二度と会うことはありませんでした…。
 当時はそういうことが本当にたくさんあったと思います。 
 そして、日本も韓国も同じなんだな…と思いました。
 

楽園
監督:ホン・ミンキ|2023年|30分|韓国
【上映情報】
道をつくる 2023
日時:9月23日(土)15:00-
会場:GAKU(渋谷PARCO 9階)


トッド・ヘンリーさん&ホン・ミンキ監督 Q&Aトークセッション

 この映画は、トッド・ヘンリーさんというクィアの歴史を研究している方が、当時を知る方たちにインタビューを行ない、ホン・ミンキさんという若いゲイの監督さんにドキュメンタリー製作を提案し、実現した作品なんだそうです。上映後に、オンラインでお二人が登壇し、会場からの質問に答えるQ&Aトークセッションが行なわれました。

――このプロジェクトはトッド・ヘンリーさんの調査で始まったと聞いていますが、どの時点でかかわっていたのでしょうか?
トッドさん:私は植民地時代のソウルの都市研究と、もう1つ、韓国のクィアの歴史を研究しています。たまたまソウルでツアーをしてた時にパダ劇場のことを知りました。そしてミンキさんとドキュメンタリーを作ろうということになりました。
ミンキさん:この劇場の職員のインタビューの前にトッドさんと話し合い、構成やシナリオを練って、アニメーションで表現することをトッド先生に話して説得したりしました。

――実際に通っていた人を映画館のゴミ箱に捨てられていたような物で表現していたのが面白いと思いました。
ミンキさん:先生が行なったインタビューを受けて、匿名性が重要でしたので、声だけで構成することになりました。私はただ声だけじゃなく、彼らの存在証明ために「体」として空き箱なんかで表現することを考えつきました。

――去年に続いて面白く拝見しました※。家族とパートナーについてのドキュメンタリーで、アニメを使い、変身するような描写もあって、今回の作品に共通するものがあると感じました。おとぎ話のような語り口がクィアテイストですね。
ミンキさん:私はクィア映画だけじゃなくて他の作品でもアニメーションの技法をよく使います。特定の個人に留めるのではなく普遍的な印象をもたらす効果が期待でき、また、監督の視点で見れる器のような装置だと考えています。 

※昨年上映された『よろよろウェディングマーチ』という作品は、ミンキ監督の実の兄が異性婚による安定した社会制度を享受するのと対照的に、兄と同時期に外国人の同性パートナーができたミンキさんが婚姻やビザなどの制度的な限界にぶつかる様子を、実験性や遊び心もある手法で描いたドキュメンタリー映画でした。

――レズビアンの『レスボス』というドキュメンタリーが同じ時期に韓国で製作されています。何か理由があるのでしょうか?
ミンキさん:韓国ではクィアの歴史が記述される機会が少ない。単発のイベントで終わったり。今回のプロジェクトは「旗」のような役割だと思っています。私たちはどこから来て、どこに進んでいるのかということを、具体的な経験に基づいて語っていくこと。 
トッドさん:歴史学者として長いこと考えたのは、クィアの歴史を発表するのは映画監督だということ。1970〜80年代に床屋を営んでいた男装の女性のことを描いた『床屋のリーシー』という映画があります。なぜ学者は研究しないのかというと、資料が残りづらいからだと思う、資料が残っていないと研究もできない。レズビアンバーのインタビューも、学者だと一人ではできないからミンキに話をもっていった。

――映画の中で、1970〜80年代、ゲイは政治に関心がなかったという語りがありましたが、今はどうなのでしょうか。
ミンキさん:先輩のゲイの経験は、今と違います。私も10年前カミングアウトしたとき過剰に同情的な反応されたりして、今とは違います。70〜80年代当時と比べて今はだいぶ理解が進んでいますが、あいかわらず法整備はされていません。でも、変化はあります。
トッドさん:政治に関心がない、というのは、当時は独裁政権だったから、ということもあると思います。80年代、個人で裁判 を起こし、性別変更を勝ち取ったトランスジェンダーの方もいたりしました。映画通じて歴史を発掘していくことにも意味があると思います。

――映画でインタビューされていた当時を知る人たちと今のクィアシーンはつながっているのでしょうか。たとえばHIVにつての学びの場などに参加できているのかどうか。
ミンキさん:今は「チングサイ」というLGBTQ団体や、HIVの相談・支援や検査を行なう「アイシャ」という団体が活動してます。個人の印象としては、世の中に訴えていくよりも、コミュニティの人たちを保護するセーフスペースとしての役割が大きい気がします。外部に開かれてはいない。私はクィアの文化コンテンツを作るコミュニティ活動をしています。
トッドさん:ミンキさんと同意見です。空間が持つ意味、ということもあると思っています。パダ劇場はウルチロにあり、当時はチョンノからウルチロまでのエリアにゲイの集まる場所があったのですが、今のクィアはそれを知らない。今年のソウルクィアパレードが(ソウル市民広場が使えなくなったため代替の開催地として)ウルチロで開催されたということには、そういう意味があると思っています。


 たいへん興味深いお話でした。

 歴史を知る意味でも本当に貴重な作品ですが、若い当事者の方の感性で、このように素敵な、誰もが観やすい作品になったことも素晴らしいと感じました。今回、この映画を観ることができて本当によかったです。
 いつかまた、どこかで上映の機会があるといいなと思いますし、その時はまたお知らせいたします。

(取材・文:後藤純一)

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