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レポート:「2030年までのHIV流行の終結に向けた道筋とは -最新のHIV治療と残された課題を専門医・関連団体が語る-」

先日「日本におけるHIVエイズの流行終結に向けた要望書」を国に提出した6団体や専門医の方々がメディア向けに開いたセミナーの模様をレポートします

レポート:「2030年までのHIV流行の終結に向けた道筋とは -最新のHIV治療と残された課題を専門医・関連団体が語る-」

先日、HIV/エイズ関連6団体が厚労相に「日本におけるHIVエイズの流行終結に向けた要望書」を提出したというニュースをお伝えしましたが、これに関して10月5日、6団体の代表の方たちや国立国際医療研究センターの先生方が登壇するメディア向けセミナー「2030年までのHIV流行の終結に向けた道筋とは -最新のHIV治療と残された課題を専門医・関連団体が語る-」が開催されました(主催:ギリアド・サイエンシズ株式会社)。ゲイコミュニティの方たちも多数参加したパネルディスカッションや、専門医の方たちによる学びの多いレクチャーなど、限られた時間の中で重要なお話がギュッと濃縮された、意義深いセミナーでした。レポートをお届けします。



 最初に、「日本におけるHIVエイズの流行終結に向けた要望書」についての映像が流れました。2030年までにわが国におけるHIVの流行を終結させるための具体的な方策を伝えるものでした。


ギリアド・サイエンシズのケネット・ブライスティング社長のご挨拶

 今回のセミナーを主催したギリアド・サイエンシズ株式会社のケネット・ブライスティング代表取締役社長がご挨拶しました。
「ギリアドはこれまでHIVの薬剤の開発にあたって、イノベーションをリードしてきました。治療は進歩し、ウイルス学的にはHIVは抑制され、陽性者もふつうの生活を送れるようになっています。PrEPを受けている方は、新しい感染の確率を大幅に低下させています。PrEPは全世界でのHIVの流行の終結に向けての重要なツールでもあります。ギリアドは、HIV/エイズの6団体とともにGAP6というコンソーシアムを結成し、HIVに関して残っている課題、つまり、検査、予防、スティグマを解決していくことを決意し、厚労省に政策提言も行ないました。この活動を強力に支持しています」



杉浦亙先生の講演「進化するHIV療法とHIV流行の終結に向けた課題」

 続いて、国立国際医療研究センターの臨床研究センター長である杉浦亙先生が「進化するHIV療法とHIV流行の終結に向けた課題」と題して講演を行ないました。杉浦先生は日本エイズ学会理事長でもあります。約40年にわたるHIV治療の変遷や最新のHIV治療の動向、そしてHIV流行の終結に向けた国際的な取組みなどについて解説するものでした。

「私たちはエイズを克服するためにどのような道を歩んできたか。いくつかエポックがある。1987年に初めて治療薬が出て、1995年には多剤併用療法が開発された。2005年には、薬の血中濃度を長くすることに成功した。2008年にはインテグラル阻害剤が登場し、劇的に改善を見た。2023年にはHIV複製サイクルの複数の段階で効くとても強力なカプシド阻害剤ができた。たくさんの薬が作られ、治療は進化している。しかし、次の新しい薬が登場するまで相当かかると見られ、いま持ってる薬で回していかなくてはならない。
 感染症の中では頂点と言えるくらい、素晴らしい治療になっている。HIV陽性者はほとんど陰性者と変わらないくらい寿命が延びている」

「予防ワクチンは未だに開発されていないが、診断を加速させ、積極的に治療をすることで感染拡大の制御が可能となった。Treatment as Prevention(TASP):陽性と判明したら直ちに治療する。これにより死亡者が減少するとともに、感染リスクも減少する。治療して感染者のウイルス量をコントロールしていく
U=U:治療によりHIVの検出限界以下を達成・維持する。早期治療開始はU=Uを支持する」
 
「UNAIDSが掲げる治療の目標
・2020年:90-90-90(HIVに感染している人の90%が自身のHIV感染を把握、HIVを持つと診断された人の90%が継続的に治療している、治療している人の90%がU=Uを達成)
・2025年:95-95-95
(日本では、85.6%〜?%、82.8〜94.5%、99.1〜99.69%となっており、90-90-90は達成できていない)」


「パリ宣言2018の7つのアクション
1. 2030年までにエイズの脅威を終息させる
2. 人々をエイズ対策の中心に置く
3. リスク、脆弱性、HIV感染の原因に対処する
4. エイズ対策を積極的な社会変革に繋いでいく
5. 地域のニーズを反映した適切な対応を構築し、加速させる
6. 統合された健康と持続可能な発展のために資源を活用する
7. リーダーは団結し、包括的に活動し、その進捗状況を毎年報告する」

「UNAIDSが2030年をゴールに「3つのゼロ」という目標を掲げており、これを実現すべく活動を加速させている
1. 差別をゼロにする
2. 新たなHIV感染をゼロにする
3. エイズ関連死をゼロにする」
 アンビシャスな目標を立てることは大事。完全に達成できないとしても、効果を上げる」

「郵送検査が伸びている。全体の10%くらいが郵送検査で見つかっている」

「UNAIDSの目標に近づくためには、検査を充実させ、治療につなげていくことが大事」


 
パネルディスカッション「国内のHIV流行の終結に向けて残された課題とは」

 認定NPO法人ぷれいす東京代表の生島嗣さん、特定非営利活動法人日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス代表理事の高久陽介さん、社会福祉法人はばたき福祉事業団理事長の武田飛呂城さん、特定非営利活動法人akta / community center akta理事長の岩橋恒太さん、community center ZEL代表の太田ふとしさん、認定NPO法人魅惑的倶楽部理事長の鈴木恵子さんというGAP6を構成する6団体の代表と、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター医療情報室長の田沼順子先生が登壇し、検査機会の導入・強化の必要性、HIV陽性者への医療提供体制の整備、社会の理解向上に向けた対策など、様々な課題とその解決に向けた見解を話し合うパネルディスカッションが行なわれました。

 初めに、「なぜいまHIV/エイズの終結に向けた取組みが必要か」ということで、SDGsの目標3の一つとされていることをはじめ国際的な機関から様々な提言がなされていることが挙げられ、「人権に関する課題にも取り組まないとHIV/エイズの終結は望めない」「国にもコミットしてほしい」と述べられました。

 そして、先日厚労省に提出された「日本におけるHIVエイズの流行終結に向けた要望書」について、田沼先生が、「コミュニティから声を上げたことが重要」「科学的なエビデンスに基づくもので、反対はないと思う」「米国のファウチ氏が、エボラとエイズと新型コロナに共通するのは市民が対策に入ること、エビデンスに基づき、複数の対策を行なったことだと言っている。エイズでは市民が最初から入っていたことだ」とコメントしました。
 
 続いて、「日本におけるHIVエイズの流行終結に向けた要望書」の5つの要望について6団体の代表の方たちが語り、田沼先生がコメントしていきました。

要望1. HIVの流⾏終結の⽬標と具体的な⽅策策定の必要性について
武田さん
「2030年までにHIVの流⾏を終わらせるという流れに日本も。というか世界で最初に終結させよう」
「エイズ予防指針が改定の時期を迎えている。そのなかで、2030年までに終わらせるという目標をしっかり掲げてもらいたい」
「田沼先生が市民団体が一緒にやることの意義を語ってくれたが、なぜ私たちがやってるかというと、私は薬害エイズの被害者で、もともと裁判の和解の中から当事者が働きかけ、医療もない時代に、HIV感染した全ての人を救済せよと要望した。終結も当事者が担いたい」
「目標に沿って多くの団体が集まった。市民社会として大きなことだったと思う」
田沼先生
「予防指針に掲げる意義は大きい。政府としても、大まかな指針を示してほしい。具体的な行動計画や目標を立てることが大事」
 
要望2. HIV検査機会の多様化について
生島さん
「検査機会の多様化について言うと、保健所での検査がコロナ禍で落ち込み、それ以外のものを増やしてくことが課題となった。保健所が3、4割を占めてきたが、プラスαでどういう検査が可能か。医療機関における検査も適切に提供できるようになってほしい。住民が選べることが大切」
太田さん
「民間のクリニックもあるが、5000円以上かかるため、費用がネックになっている。仙台市では9月の1ヵ月間、一般のクリニックでHIVと梅毒の検査を1000円で受けられるキャンペーンを展開、差額は市が負担するようにしたが、100件の枠がほぼ全部埋まった。保健所だけでは限界があるので、いつでもクリニックで受けられるようになるといい」
岩橋さん
「採血してその場で自己検査するキットではなく、自宅で採血し、郵送し、結果をオンラインで知らせる方式の郵送検査について。保健所での検査は重要だが、それに加えて、ラスト1マイルとして郵送検査がさらに利便性を高めるし、ニーズがある。なかなか対面だと検査を受けれないという方もいるそ、地方在住だと毎回保健所に行くのが難しいという事情もある」
田沼先生
「拠点病院はあるが、地域のクリニックで受けやすくする素地を整えることは大事。検査は地域が単位であるなか、コロナ禍で打撃を受けてきた。対面だと、相談も受けられる。それぞれの方たちのニーズに応えられるようにしたい」

3.地域で安⼼して医療が受けられるHIV陽性者への医療提供体制整備について
高久さん
「治療は良くなっていて、HIV陽性者も長生きできるようになった。拠点病院などだけでなく、陽性者も様々な病気やけがをするし、歯医者にも行かなくてはいけないわけだが、診療拒否を受ける不安がある。なかなか陽性であると言えないし、実際に診療拒否を受けることがある。調査した結果、1割程度が診療拒否を経験したことがわかっている。これはだいぶ前から最近まで、ずっと1割程度、金太郎飴のように続いている。HIV陽性者の診察の経験がない医療機関や福祉施設でナレッジが積み上がっていないことが課題としてある。地方のほうが偏見が根深い傾向もある」
武田さん
「薬害の被害者は50代前半の人たちが多く、高齢化しつつあり、様々な病院に行っているが、陽性者を診てくれる病院にわざわざ遠い所から通うことが困難になってきている。HIVは感染力が弱く、普通の予防で大丈夫なので、きちんと地域の病院で診てもらえるような体制づくりをしてほしい」 
田沼先生
「すごく重要な問題。歯が痛い、発疹があったということで地元の病院にかかれないのは問題。特殊な対策は不要で、院内感染することはないのに、制限されてしまう。1割の方が診療拒否を経験しているそうだが、実際はもっと多いのではないか。首都圏のアンケートでは半分の医師が消極的という結果だった。絶対に偏見を克服していかなければいけないと思う」
 
4.HIV感染予防のための選択肢の拡充及び啓発について
太田さん
「予防ができるのに、知識に触れる機会が少ない。PrEPがやりづらい、難しいという課題がある。抜本的な意識改革が必要と考える。予防指針で明確に選択肢として示してほしい。世界的にはコンビネーション予防が主流となっている」
岩橋さん
「セックスするな、とか、コンドームがあるじゃないか、ではなく、選択肢を増やそうということ。海外ではPrEPが当たり前になっている。予防施策がバイオメディカルなことだけでなく、スティグマを取り除いていくような構造的、行動学的な面にも取り組む、包括的なものにする必要がある。人を中心に考えましょうということ」
太田さん
「それぞれのニーズに合わせ、複合的な選択肢があることが大事。コンドームも使いながら。性教育でもコンドームという言葉が出てこないので、引き続き啓発が必要だと思う」
田沼先生
「コンビネーション予防はとても大事。社会的、制度的な面の取組みも組み合わせて。数理モデルとしても、単独だと時間がかかるが組合わせだと早く終結するというエビデンスが示されている」
岩橋さん
「PrEPについては、いまとても大事な時期。厚労省も前向きな回答をしている。すでに使用している人もいるし、承認を進めるというところでご協力をお願いしたい」
田沼先生
「個人輸入している人もいますよね。新しいクリニックでも展開できるよう、知識を持っていただき、検査とセットで制度化していくことが大事」

5.HIV/エイズに対する社会全体の理解向上に向けた対策について
鈴木さん
「20年以上、浜松で予防啓発をしてきた。地方ではHIVは遠い存在で、行政も関心が薄い。HIV/エイズの正しい知識がない。STIもそう。それでも、他の都市や外国の事例を参考にしながら進めてきた。行政もNPOも、人権の一つと捉えて広域連携を。 私たちも福岡と協働してきた。一緒に取り組むのは、SDGsの17番目のパートナーシップということに当てはまる」
高久さん
「陽性とわかることは、前向きなこと。早くわかってよかったねという。陽性だからといって恋愛やセックスをあきらめなくてよい。U=Uの意義はそこにある。U=Uだから差別しないでください、ということではなく。そもそも差別をなくしていかなくてはいけない」
田沼先生
「差別の根絶は絶対に実現しなければいけない、最も重要な課題。生きることに前向きにならないと治療できない。みんなが希望を持って生きられることが大事。性感染症への偏見を払拭し、性の健康をタブー視しない社会づくりを」

 最後に、田沼先生がまとめのコメントをしました。
田沼先生
「あらためて、今回最も重要なのは市民、コミュニティが提言したということだと感じる。エイズ対策の歴史を振り返ると、80年代からコミュニティが生きるために声を上げてきた。いま、流行を終結するために集まって、専門家も同意するような提言をしたのは素晴らしいこと。メディアもしっかり取り上げてほしい」

 今回のセミナーについての質疑応答も行なわれました。主にPrEPについての質問が寄せられました。その回答のなかで、薬事承認に向けてツルバダ(PrEPに使用される代表的な抗HIV薬)のアセスメントが始まったということや、一方で、予防に対して保険適用はなかなかされないので、価格が高くなることが予想される、ジェネリックの活用も踏まえながら、クリニックでの見守り医療を広げていくことが大事、という話が出ていました。


セミナーを振り返って

 個人的には、ぷれいす東京の生島さんやaktaの岩橋さん、JaNP+の高久さん、やろっこの太田さんといったゲイコミュニティの方たちがGAP6のメンバーとして(ある意味、日本を代表するHIV団体として)このような場で堂々と、滔々と意見を述べる姿を誇らしく思うとともに、田沼先生がそんなGAP6の活動を絶賛していたことも印象的でした(岩橋さんの説明に対し、「説明のクオリティの高さに感慨を覚えた」とまでおっしゃってました)
 
 パネリストのみなさんの服装が、モノトーンを基調としながらレッドリボンをイメージした赤い色をワンポイント入れるというドレスコードで統一されていたのも、とてもスタイリッシュで素敵だと思いました。

 杉浦先生のお話からは、私はHAART(カクテル療法)というエイズが“死に至る病”ではなくなる転機となった画期的な治療法しか知らなかったのですが、それ以降もいくつも治療上のエポックがあったということもわかりましたし、UNAIDSなどが様々な目標を打ち出してきたということ、そうした目標を立てることの意義などもわかり、学びを深めることができました。
 
 田沼先生は実際にHIV陽性の方たちを診てきた先生だそうですが、先日の金沢レインボープライドの1日目の「HIV/性の健康トークセッション」に田沼先生もご登壇されて、20年前に田沼先生が診た方ともお話されて、とても感慨深いものがあった、素晴らしいイベントだったという評判を聞いています。残念ながらそちらは参加できなかったので、いつかお話を聞いてみたいと思いました。
 
 こちらのニュースでもお伝えしたように、今回GAP6のみなさんが厚労省に提出した「日本におけるHIVエイズの流行終結に向けた要望書」は、長年HIV/エイズのことに取り組んでこられた団体のみなさんの叡智が詰まった、素晴らしい提言だと感じます。(田沼先生も絶賛している通りです)
 シドニー中心部ではPrEPの普及や検査の促進、地域ぐるみでの取組みによって、HIV新規感染がほぼほぼ無くなったという話もあり、HIVの流行の終結は決して夢物語ではない、現実のものになっています。日本でもやればできるはずです。g-lad xxとしても(大して影響力もない、持続可能性も高くないメディアではありますが)できる限り、応援していきたいと思います。まずはPrEPについて、そう遠くない将来、承認が下りそうですし、また動きがあり次第、お伝えしていきます。
 今回の提言が国に聞き入れられ、具体的な方策(ロードマップ)が作成され、日本におけるHIV/エイズの流行終結が2030年までに実現することを期待します。
 
(取材・文:後藤純一)

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