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レポート:公開セミナー「40年のパンデミック:エイズの教訓を受け継ぐ」

11月30日に開催されたセミナー「40年のパンデミック:エイズの教訓を受け継ぐ」をレポートします。来年2月に上演される舞台『インヘリタンスー継承ー』をフィーチャーしつつ、国内外でHIV/エイズの課題に取り組んできた方々のトークセッションが行なわれました

レポート:公開セミナー「40年のパンデミック:エイズの教訓を受け継ぐ」

 世界エイズデーを翌日に控えた11月30日、東京プリンスホテルで「40年のパンデミック:エイズの教訓を受け継ぐ」と題したセミナーが開催されました。来年2月に上演される舞台『インヘリタンスー継承ー』をフィーチャーしたトークセッションや、PrEPの基礎となる研究を行なった高名なカライシャ・アブドゥル・カリム博士を招いてのトーク、国内外でHIV/エイズの課題に取り組んできた方々のパネルトークなどが行なわれました。

 「40年のパンデミック」というタイトルは、HIVというウイルスが発見されてから今年で40年という節目を迎えたことに由来しています。1981年からの2年間は、なぜエイズという病気になるのか、その原因が解明されておらず、たまたま患者の多くがゲイだったことから“ゲイの癌”だなどと言われ、“エイズはホモセクシャル行為という罪に対する神の罰である”などと罵る人々もいて(聖職者ですら)、偏見に満ちた、ひどい状況がありましたが、HIVというウイルスが発見されて以降、感染経路などの研究が進み、(当たり前ですが)性的指向や性別や人種などにかかわらず感染するということが明らかにされました。
 しかしその後も、HIVに感染しやすい人々(ゲイや麻薬依存症者など)への偏見ゆえに、政府のエイズ対策は顕著に遅れ、1987年に最初のエイズ諮問委員会を設置されるまでの間に、およそ5万人がエイズと診断され、その半数以上が亡くなったと言われています(ある意味、彼らは見殺しにされたのです)。こうした政府の無策に対してゲイコミュニティが立ち上がり、「ゲイ・メンズ・ヘルス・クライシス(GMHC)」や「ACT UP」などの団体が、HIV陽性者のケアや、コミュニティ内でのリソースの提供、抗議活動などを行ないました。プライドパレードでは黒い喪章を着けて「Silence=Death(沈黙は死)」「「We are here, We are queer. Get used to it.(私たちはここにいるし、私たちはクィアなのよ、それに慣れることね)」といったスローガンを掲げました(ここからクィア・ムーブメントが始まりました)
 1996年頃に強力な多剤併用療法(HAART)が始まり、ようやくHIV陽性者の生命予後が飛躍的に改善し(エイズが“ 死に至る病”ではなくなり)、状況が好転しました。しかし、それまでに(キース・ヘリングやロバート・メイプルソープ、フレディ・マーキュリー、ミシェル・フーコー、デレク・ジャーマン、ジョルジュ・ドン、古橋悌二などをはじめ)ゲイコミュニティのあまりにも多くの方たちの命が失われました。
 『インヘリタンスー継承ー』という作品は、エイズ禍が過去のものとなった現代に生きるゲイのカップルを中心とした舞台で、主人公のエリックが、亡くなった友人・ウォルターに遺言で託された「田舎の家」がかつてエイズで死期の近いゲイたちの看取りの家だったことを知り、そこでたくさんの人を看取ってきたマーガレットに、その家で起こった出来事を教えられる…という物語です。三世代にわたる、愛と自由を求めるゲイたちのラブストーリーであり、上演時間が前後編合わせて6時間半に及ぶ大作です。HIV/エイズをめぐる演劇の大作といえば『エンジェルス・イン・アメリカ』ですが、1994年の『エンジェルス・イン・アメリカ』第一部「至福千年紀が近づく」日本初演時のラストシーンで大天使として登場し、観客の度肝を抜いた麻実れいさんが『インヘリタンスー継承ー』でマーガレット役を演じているところにも粋な「継承」を感じさせます。2018年にロンドンで世界初演され、オリヴィエ賞4部門やトニー賞4部門を受賞した話題作です。
 前置きが長くなりましたが、今回のセミナーは、この注目の舞台『インヘリタンスー継承ー』に主演する福士誠治さんをお招きしてのトークセッションをメインとして、「継承」をキーに、これまで世界のエイズ対策に多大な貢献をしてきた方たちが、これまでの40年の取組みを振り返りながら、エイズ流行終結という未来に向けてお話するような機会として開催されたものでした。
 このセミナーは、グローバルファンド日本委員会(FGFJ)日本国際交流センター(JCIE)が主催し、エイズ予防財団などが後援しています。
 
 というわけで、セミナーの模様をレポートします。
 
 最初に、JCIEの狩野功理事長のご挨拶、FGFJの逢沢一郎共同議長のご挨拶、来賓として外務省の北村俊博国際協力局審議官によるご挨拶がありました。
 
第一部 トークセッション「エイズ流行の40年:三世代の記憶を継承する」
 
 伊藤聡子FGFJ事務局長が聞き手となり、『インヘリタンスー継承ー』に主演する福士誠治さんと、HIV陽性者支援などに取り組むぷれいす東京の生島嗣さんが、ゲイコミュニティが経験したエイズ禍、40年にわたるパンデミックとの格闘を振り返りながらお話しました。
 福士誠治さんは『インヘリタンスー継承ー』について、コロナ禍の少し前のニューヨークを舞台にしていて、20代〜60代の三世代にわたるゲイたちを描いた作品です、海外で話題になり、演出家の熊林弘高さんが頑張って上演権を獲得し、日本での上演が実現しました、と説明しました。「人が人を愛するということがあふれている作品です」。稽古に入るのはまだこれからなのですが、エリックという役を、自分自身の中にエリックが生き始めるまで、体得したいです、とのことでした。
 日本でのHIV/エイズの流行についてのお話として、生島さんが、2011年くらいがピークで年間1600人くらいが新規感染していた、今は1000人を割るくらいに減っている、といったことや、今後の課題として、地方にお住まいのHIV陽性者の方などが高齢化していくと、遠くの拠点病院まで行くことができず、地元の病院に一般診療として通院する際、HIVへの理解のない病院が診療拒否したりということがないような体制の整備が求められる、診療を広げる必要性がある、というお話がありました。
 福士さんは40歳で、子どもの頃は、エイズといえば、かかったら死が待つような病気というイメージだったけど、『RENT』に出演するようになって変わった、演劇を通して知ってもうことの大切さってあると思う、というお話がありました。
 コロナ禍がHIVのことにどう影響したか、という質問に対し、生島さんが、外国人が移動を制限され、手持ちの抗HIV薬がなくなり、相談 に来られた方がたくさんいたというお話や、保健所が軒並みHIV検査を中断したなかで一回も閉めずに頑張った方たちもいた、そこにドラマがあったというお話をしてくれました。
 最後に、『インヘリタンスー継承ー』の舞台であるニューヨークでもHIV/エイズとの闘いにおいてゲイ・バイセクシュアル男性への差別が支障となってきたということについて、福士さんは、ニューヨークでは当たり前になっている、差別者が少ない状況に持っていきたい、日本の人たちも慣れてほしい、差別はダサい、恥ずかしいこと、と語り、生島さんは、40年が経ち、社会に課題を浮き彫りにした、かつてはゲイの方が入院したときにパートナーが病室を出されたり、看取りが許されなかったこともあった、これは社会の課題、変わってほしいと語りました。

 
第二部 スペシャルセッション「アフリカのエイズとジェンダー」

 HIVとともに生きる人の数が世界で最も多い南アフリカから、若い世代の女性のHIV予防についての研究で高名なカライシャ・アブドゥル・カリム博士をお招きして、叡啓大准教授でFGFJ技術審査委員(人権とジェンダー)である瀬古素子さんが聞き手となり、スペシャルセッションが行なわれました。カリム氏は実は、抗HIV薬がHIVを予防することを実証し、PrEPの基礎を築いた方(HIV予防のゲームチェンジャーの一人)であり、世界中のたくさんのゲイ・バイセクシュアル男性がPrEPのおかげでHIV感染を予防できているという意味で、恩人と呼んでも過言ではない方です。
 もともと抗HIV薬がHIVを予防することの実証研究は、女性が自分たち自身のために使用しコントロールすることのできる女性のためのHIV予防の技術の開発を目指して進められたものでした。というのは、南アフリカなどアフリカの多くの国々では女性差別が深刻で、女性が男性に対してコンドーム使用を求めることができず、自身で予防できるツールもないという、ジェンダー格差によってHIV感染が拡大している状況があり、女性の感染率が非常に高い(男性の何倍にも上るそうです)という深刻な問題があったのです。
 カリム博士のお話は、日本のゲイ・バイセクシュアル男性にとってはどこか遠い国での出来事と感じられるかもしれない、アフリカでの女性たちのHIV感染の深刻さについても身近に感じられるようなお話であり、エイズ対策の研究というのがグローバルに展開されていて、その恩恵を私たちも受けているのだということを実感させてくれるような、たいへん有意義なお話でした。
 質疑応答では、今の大学でのHIVについての授業は予防法のことしか話されない、学校教育で包括的性教育が行なわれる必要があると思う、という声が上がっていました。


第三部 パネル・ディスカッション「エイズの教訓を継承する」

 川田龍平さん(参議院議員)、杉原淳さん(厚労省のエイズ対策推進室長)、ダイアン・スチュアートさん(グローバルファンド渉外局副局長、ドナー・リレーションズ部長)、チャールズ・ゴアさん(MPP=医薬品特許プール事務局長)の4名が登壇し、坂元晴香さん(東京女子医大准教授)がモデレーターをつとめ、「エイズの教訓を継承する」というタイトルでパネル・ディスカッションが行なわれました。
 川田龍平さんは、血友病患者として血液製剤からHIVに感染した薬害エイズの被害者であり、10代のときにメディアに出ながら被害を訴え(厚労省で「人間の鎖」と呼ばれる抗議行動を行なったり)、社会を変え、国に責任を認めさせ、保険適用を勝ち取ったレジェンドです(その際、薬害エイズの方だけでなく、ゲイなども含め、感染の理由を問わず保険適用などが認められました。川田さんも偉大な恩人の一人です)。当時のことを振り返って、エイズに対する差別が本当に大きく、初めは隠して生活していたが、周りでどんどん亡くなっていたなか、自分も永くは生きられないと思い、子どもたちのために立ち上がろうと決意し、共感を得た、国の責任だと認めてもらえ、治療体制もできたと語り、「社会の関心が重要だ」と語りました。
 杉原淳さんは、近々エイズ予防指針が改定されることや、HIV流行の終結を見据え、新規感染は減ったものの、依然として発症してわかる患者の割合が3割を占めている、検査数を増やしていくための改善が課題だが、人々の注目を集めるのが難しい、といったことや、PrEPを含めた予防のこと、先に生島さんが話したような長期的な療養が増えるなかでの地域の医療のこと、政策を止めずに維持すること、薬害エイズのことを教訓とし、差別をやめるうえでエイズ予防指針の目的のところに人権の尊重が明記されていることは重要だ、感染症対策はHIVが基礎となっているが、コミュニティ主体の経験が役立ってる、例えばエムポックスについてもMSMのHIVコミュニティがやってくれた、といったことを語りました。
 ダイアン・スチュアートさんは、エイズが破壊的で死刑宣告だった時代にグローバルファンドでアクティビズムに携わった、沖縄サミット で初めてHIVについて語ることが始まった、日本のリーダーシップには敬意を表している、貧困国へのコミット、連帯の約束、すべての人間の命は大事だという基本的な方針、20年間も日本は守ってくれた、コロナでわかった格差の問題、プライマリーヘルスケアシステムを作ることの重要性(日本は戦後に結核対策で作った)といったお話をしました。 
 チャールズ・ゴアさんは、C型肝炎の当事者として、英国で、我々の決定は我々なしに下すなと声を上げ、どうやって必要な人に薬を届けるかということに取り組んできた、肝炎はHIVほどではないが、麻薬のイメージもあり、当事者が話さないと実効性ある政策につながらない、WHOは肝炎に対して何もしていなかったので私が訴えた、HIVは当事者コミュニティが主導してきた、MPPは商業ベースでないジェネリック薬のライセンスを通して薬へのアクセスの公平に取り組んできたが、HIVのモデルが機能し、結核やC型肝炎にも拡大してきた、日本ではシオノギ製薬が抗がん剤について企業CSRとしてやってきたので感謝している、といったお話をしました。

  
 このように、ひとくちにHIV/エイズとの闘いと言っても、地域によっても異なりますし、どのような層に向けての対策なのかといったことでも異なりますが、基礎的な研究や、治療法の進歩、薬が貧しい人たちにもいきわたるような取組み、差別との闘いなど、様々なレイヤーで活躍してきた方たちがいて、資金提供のためのグローバルファンドのような国際組織、各国のNPO、草の根で活動するたくさんの方たちなど、いろんな方たちのおかげで、今があるということ、HIV/エイズの取組み(特にゲイコミュニティの活動)が他の感染症のモデルケースになったりもしているということなど、多岐にわたる視点で40年を振り返る機会となりました。

(取材・文:後藤純一)

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