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REVIEW

ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』

前週に続き、TOKYO AIDS WEEKSの企画としてトークショー付きで上映された映画『神はエイズ』。ブラジルの深刻な状況と、それに対して怒りや様々な感情を表現するアーティストたちの姿が鮮烈に描かれた作品でした

ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』

 『神はエイズ』は2021年のブラジル映画。サンパウロなどに住んでいるHIV陽性のアーティスト、活動家、医師の8人が、世間の無知やゲイシーンにおける人種差別、そしてHIV/エイズに感染した女性たちの存在が十分に知られていないことに対して声を上げる姿をとらえたドキュメンタリー映画です。ダンス、パフォーマンス、詩を通して、HIVに対する新しいイメージを提示し、自分たちの身体と死に対する見方を深化させる様が描かれます。






 トップ画像は、この3人の中で誰がHIV陽性だと思うかを観客に投票させるという舞台パフォーマンスの1シーンでした。観客は戸惑い、「まるで罪を言い渡すような気持ち」だと打ち明けたそうです。 
 ある人物はスーザン・ソンタグの「病とは人生の夜の側面である」という言葉を引用し、自らの体験に重ね合わせて語りました。
 ブラジルでは、毎年400人のLGBTQがヘイトクライムで殺されていますが、その10倍の3800人が毎年、エイズで亡くなっているそうです。しかし、そのことはメディアにも取り上げられず、HIV/エイズに対するスティグマは40年前のままです。
 ある女性は、6歳のときに母親から母子感染していたことがわかり、HIVを持つ子どもたちの施設に送られ、勉強したり社会に適応したり未来を夢見たりということを期待されずに育ったと打ち明けました。HIVのことは常に白人のゲイ男性のイメージで語られ、女性や黒人は顧みられなかった、とも。
 長く束ねたドレッドヘアーが印象的な男性は、街中で「会話しよう。HIVについて」という看板を掲げ、道行く人とHIVについて話し、多くの人の無知や誤解・偏見をやさしく変えていくような活動を続けてきました。
 4歳の頃からゲイだったというピンクのモヒカンの男性は、新しいセクシュアリティを切り開く的な趣旨を謳った公開パフォーマンスとして、(全裸でセルフ緊縛した姿で)注射器で採った自らの血を体に塗ったり、刃物の柄の部分を肛門に入れたりして見せました(観客の表情がたまらないと彼は言っていました)
 ウェービーなロン毛の男性は、髄膜炎を発症し、救急車の中で男性の看護師を口説いたり『サウンド・オブ・ミュージック』を歌ったりして、集中治療室に運ばれ、目が覚めたとき、全人類とつながっているような感覚を覚えたと語りました。彼はダンサーで、その体験から得た新しい身体感覚を(全裸での)ダンスとして表現していました。
 いつかは感染するかもしれないと思っていたというクマ系の詩人が読む自作の詩がとても素敵でした。HIVのメタファーなのかどうかわかりませんが、毎日のように墜落する飛行機から街を守るため、中空に網を張った、しかし根本的な解決を見ることがなく、重力を反転することにした、地上にあった物は宙に浮き、飛行機は着陸できず…といった詩でした。
 画面が真っ暗になったあと、ボルソナロ大統領のおかげでブラジルはコロナ禍だけでなくエイズ禍にも見舞われたという説明がなされました。保健省からHIV対策に携わっていた人たちが追い出され、ゲイが弾圧され、“禁欲”が掲げられた(エイズの発症が原因で年間1万人も亡くなっています)、コロナについてはノーマスク、ノーワクチン政策が打ち出され、“女々しい”などと罵られ、死ななくてよかったはずの多くの人たちの命が失われた…。
 映画の最初と最後に、これまでエイズに対してぶつけられてきた憎悪や差別の言葉(曰く、ゲイのガンだ、性的な放蕩だ、神の天罰だ…)が流れました。最初はそのまま、最後はチャント(Ballroomで行なわれるラップのようなもの)として。
 
 『虎の子 三頭 たそがれない』ですっかりその作風のトリコにさせられたグスタボ・ヴィナグリ。今回も共同監督としてクレジットされていたので、楽しみにしていたのですが、『虎の子 三頭 たそがれない』での極右政権への怒りは風刺のような感じで表現されていたのに対し、今作にはダイレクトな怒りが満ちていました。それでいて、実にアート的な表現にも満ちていて、カッコよくもあり、先鋭的でもある映画でした。通常のドキュメンタリーとはかなり印象が異なる作品でした。
 
 正直、血のパフォーマンスのシーンは直視することができませんでしたが(みんなよく見てられるなぁと思いました)、それ以外は目が離せない、ハッとさせられるようなシーンの連続でした。



トークショー

 会場の「CASE Shinjuku」は、高田馬場の駅前にあるシェアオフィスで、なかなか素敵な空間でしたが、前の週のユーロライブの時とはまた違う若い(たぶんストレートの)観客がたくさん来ていて、ほぼ満席でした。熱気が感じられました。

 上映後、川口隆夫さん(ダンサー、パフォーマー)、マダム ボンジュール・ジャンジさん(ドラァグクイーン/アーティスト)、福正大輔さん(HIV陽性者/スティグマファイター)という3人によるトークショーが行なわれました。補足すると、川口隆夫さんは初期の頃の東京レズビアン&ゲイ映画祭のディレクターを務めていた方で、ダムタイプ作品にも度々出演しているスゴいダンサーです。大野一雄さんにオマージュを捧げるパフォーマンスでも有名です。たぶん日本で最も舞台上で脱いでる男性ダンサーじゃないかと思います。
 3人が3人ともパフォーマーで、川口隆夫さんは2021年に開催された『INOUTSIDE』というというウイルスをめぐるプロジェクトに参加していて、ジャンジさんはaktaの活動をしてきた人で、福正さんはHIV陽性だったり薬物依存だったりをカムアウトしている方で、きっとこのトークショーは素晴らしいものになると思っていたのですが、本当にそうでした。『神はエイズ』についてのトークショーでこの3人以上にふさわしい人選はないだろうと思いました。

――(ノーマルスクリーンの祥さん)今日はよろしくお願いします。ご自由にお話ください。
川口隆夫さん(以下K):ここまでダイレクトに身体をさらしているパフォーマーがブラジルにたくさんいることに驚いた。
福正大輔さん(以下F):裸になることのセンセーショナルさ。
マダム ボンジュール・ジャンジさん(以下J):パワフルな作品だった。女性や肌の色など多様な人たちが登場するのがよかった。街に出て話をする人がいたけど、一緒にやりたいと思った。
K:『INOUTSIDE』で、ウイルスと共に生きる未来、というテーマで演劇やダンスやトークをやった。面白かったのは、「こんなウイルスがあったらいいよね」という、人を幸せにしてくれるウイルスを考えるワークショップ。
F:映画で、「僕にとってHIVのいい面は、ここに根を下ろすことができた」というようなお話があった。僕もHIVを通じて知り合った方も多い。
J:「自分と全部がつながったのがわかった」と言う人もいた。地球にみんなと一緒にいるという感覚はわかる。
K:『INOUTSIDE』で、ファンタジーだけど、感染者がセックスすることでウイルスを渡していくことが、同じDNAを共有するファミリーというか、血縁のような、子どもを産む、みたいな感覚と捉える人たちもいる、という話もあった。ウイルスが増えると人間の身体は死に向かうけど、子どもとしてのウイルスは残っていく、的な。
F:生と死、頭で考えることと身体、言葉にならない何かが循環していくような、奮起させる力を感じた。
J:HIV陽性であることを受け止めたという関係、HIVを介してつながってきた関係。深い話ができる、そういう関係性が周りで広がっている。
F:先日、京都で日本エイズ学会があって、ある先生が、HIVって変身する力がすごいんです、と嬉々として説明していて、最後にはHIVってちょっとかわいくないですか?とまで言ってて。確かに、他のトゲトゲした毒々しいウイルスに比べると、丸みがあってちょっとかわいい。それが自分の体内にいる。

――みなさん何か表現することをやってきたわけですが、そのあたりで何か。
F:みなさんは思いをアートにする原動力って何ですか? 私は怒りだった。近所の歯医者で診療拒否された、どうしてやろうかと考えて、映画を撮ることにした。
J:私も怒りだったけど、風刺やひっくり返すような表現。「YES! FUTURE」っていうセックス・ピストルズの「NO FUTURE」をもじったスローガンでパフォーマンスをやってきて。裸で出てだんだん服を着るとか、服を脱ぎ捨てると体に「YES! FUTURE」って書いてあって、風車が回ってて、とか。
K:自分の肉体は傷つきやすい。体を開いていく。防御を捨てて、無防備にして。そうして人とつながりたいという欲望。裸になって初めて人とつながることができる、接触することができる。全体液が人と混ざりあう欲望。ジャンジさんの言葉で言う「穴という穴を開いて」お互いに入ったり、そういうファンタジーを持っている。
F:面白い。僕はゲイでHIV陽性で薬物依存の経験を持つ、トリプルマイノリティだねと言われる。依存症の自助グループで、心を開いて、本音で語り合うのはすごく大事な体験だった。芝居を始めた10代の頃は何かになることがアートだと思っていた。今は逆で、自分を開いていくこと、相手にも開いてもらうことだと感じるようになった。
K:共通することがいろいろある。ところで映画の中で血を流すショッキングなイメージを打ち出していくメッセージの投げ方が…今の僕の感覚では違和感があった。テンションが違う。
J:そう思う。この監督の『虎の子〜』は日常の中にHIVのことも描かれていて温度や空気感が今どきだなあと感じたけど、今日のは突きつける感じだった。
F:薬物依存の当事者としては、注射器で血液をというのはショックだった。
J:あのパフォーマンスを見てる人の表情は面白いけど。私は刃物がだめだった。
K:肉を切るシーンもあった。
J:今日本では年間の新規感染が884人。ブラジルは1万人。その違い。
K:日本では保険制度もあってHIVの治療もできて、薬があれば生活できていく。それほど声を上げなくてもすむ。それはきっと誰かが維持してくれているからなんだと思うけど、とりあえず。セクシュアリティのこともそうで、今は怒りをぶつけなくても生きていける状況、人によるだろうけど。
J:コロナが深刻だった時期、外国人の人たちは国に帰って薬をもらって日本に戻ってくるということができなくなって、追い込まれた。実際は、立場の弱い人たちがいる。生きたいと思える明日がつくれているかどうか。まだ怒りがある。
F:いちばん弱い人から影響を受けていく。私もここではマイノリティだけど、陽性者のグループではマジョリティになる。どうしてもゲイ中心になりがちだけど、女性やトランスジェンダーのことも考えなくては、と思う。

――ブラジルではコロナ禍とエイズ禍に同時に見舞われました。日本との対応の違いについて。
F:日本では保健所がコロナ対応で、無料のHIV検査を止めた。そのことによって、エイズを発症してわかる人が増えたし、梅毒の感染が増えている。
J:リアルで会えなくなったことでオンラインでのミーティングなどが増えたけど、そこで新しく出会いが生まれたりもした。

 30分くらいでしたが、期待に違わず実に内容の濃い、充実したトークショーになりました。
 会場からいくつか質問が出たり、お開きとなった後も、少し残って出演者の方とお話したりという感じでした。

 それから、会場では、今回の企画を手伝っていた研究者の大島岳さんの『HIVとともに生きる: 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』という本のことも紹介されていました。今までになかった、とても重要な意義を持つ本だと思います。g-lad xxでも近日中にレビューをお届けする予定です。

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