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REVIEW

なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』

1995年に発売された大塚隆史(タック)さんの名著が増補版として復刊しました。今読んでも実に真実をついていると思える、二丁目(というかゲイの世界)についての最良のガイドになっています。まだ読んだことのない方も、この機会にぜひ!

なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著『二丁目からウロコ 増補改訂版』

 大塚隆史(タック)さんの『二丁目からウロコ』という本が世に出たのは1995年11月のことでした。
 1991年に『クレア』誌でゲイ特集が組まれたことや伏見さんの『プライベート・ゲイ・ライフ』が世に出たことをきっかけに、世間で「ゲイブーム」が起こり、『同窓会』のような二丁目を舞台にしたドラマも放送されたりしましたが、まだまだゲイが(女性と結婚したりせず)本当に好きな人をパートナーとして生きていくことが難しい、とてもじゃないけどカミングアウトできない、世間の人たちが味方になってくれるとは到底思えない(アライなどという言葉もない)時代でした。東京ではパレードが始まっていたし、『バディ』という新時代を告げる雑誌も創刊されていたものの、まだまだ「ハッピーゲイライフ」には程遠い時代でした。
 そんな時代にあってタックさんは、二丁目を舞台にしながら、ゲイのセックス、恋愛やパートナーシップ、ゲイの老後、ゲイマーケットのことまで、今読んでも驚くほど古びない、普遍的なゲイの世界の理(ことわり)を素敵な語り口で書いていました。今読んでも最良のゲイガイドだと思います。ゲイコミュニティとは何か、なぜコミュニティとの関わりが大切なのかということを語った本だというふうにも言えると思います。
 
 「はじめに」でタックさんは、これは二丁目の「観光ガイド」などではなく、「二丁目を愛する一人の人間が、二丁目をどう見ているか、どうして二丁目を愛するようになったのか、そして二丁目にやってくる人々とその行動をどう捉えているか」を綴った本だとしています。ここを読んだだけで、やっぱりタックさんは素敵だな…と、なんだかジワーっとくるものがありました。それはタックさんほどの大御所が、まず自分は「二丁目を愛する一人の人間」だと宣言してくれていることがなんだかとてもうれしかったんですよね。タックさん、僕も「二丁目を愛する一人の人間」です、一緒ですね、っていうかみんなと一緒ですね、って思えるうれしさ。仲間のような気持ちです。そして、二丁目愛こそが僕らのコミュニティの原点だということを再認識させてくれました。
 
 二丁目がどういう街かということについて説明した第1章「二丁目めぐりをする前に」は、軒数だけなら世界一だということ、二丁目のお店はとにかく小さい、安い、そしてお客さんがぐるぐる回遊するという特徴や、成り立ちなどの基本情報を説明した後、ここにたどり着くにも時間がかかる人たちもいるということや、二丁目は自己解放の場であるということ、その流れでオネエ言葉があるということなどが語られています。

 第2章「僕の通ってきた道」では、タックさんのライフヒストリーです。全く肯定的な情報もなく、ネットなどもなかった時代に、大学でゲイの友達ができたのがどれだけありがたかったかということや、二人で初めて二丁目のお店に行ってみた時の話(どうやらウリ専のお店だったようです)、大学を出た後、仕事にもゲイのことにも行き詰まってニューヨークに行った話、「スネークマンショー」に出演するようになった話、初体験や恋愛のことなどなど。「タックスノット」を一緒に始めたパートナーのカズさんがエイズで亡くなったことも書かれていました(あまり重くなりすぎないように、感情的にならないように書かれているところが逆に涙を誘います)
 
 ちょっと意外だったのは、第3章「欲望は二丁目のエンジン」でゲイセックスのことが実に生き生きと豊富なエピソードを交えて語られていたことです。読んだ当時はまだ自分もフィストファックというものを知らなかったので(のちに人前でやることになるとはつゆ知らず…)ピンときてなかったと思いますが、タックさんがとあるお店で隣に合わせになった方が「いい手してるね。これだったら15分くらいで入るかな」と言ったので、興味を持っていろいろ話を聞くと、スポーツバッグから大きな浣腸液やクリスコやなんかを取り出して見せてくれて(タックさんはそこで「このバッグはメリー・ポピンズの鞄にも負けない」とコメント)、最後に彼は、腕を抜いた後に相手にお酒を口に含んでもらって肛門から一気に吹きかけてもらうと最高に気持ちよく酔っ払えるんだと言って、杏露酒の小瓶を見せてくれた、タックさんは「杏露酒だとベタベタするんじゃないかなぁ」と思った、彼は出したグッズを詰め直すと、これからボーリングにでも行くような風情で帰って行った、というエピソードが本当に素晴らしかったです。ほかにも実にいろんな体験やフェチやなんかが紹介されていますので、ぜひ読んでみてください。

 第4章「愛の妖精が見る夢は」は、恋愛とパートナーシップについての章です。ハーニャさんという方のドラマチックなエピソード、元彼と今彼と三人で家族のように暮らしている方のお話なども交えつつ、「恋愛は魔法である」ということ、「パートナーシップは実の成る木を育てていくことに似ている」ということ、また、(今はすっかりこういうことがなくなって、時代が変わったんだなぁと実感させられますが)親や世間の人たちの結婚圧力に耐えきれず女性との結婚を選択したり覚悟したりしてきた人たちのことなども綴られています。お見合いしても絶対に相手の女性に断らせる秘策を教えてくれた方のお話が面白かったです。(なお、タックさんは、パートナーシップの本質や技術について論じた『二人で生きる技術』という本も書いています。どうしたら二人の関係が長続きするんだろう…と悩んでいる方、ぜひそちらも読んでみてください)
 
 第5章「いろいろな宝物」は、ゲイの友人の大切さ、ゲイのテニス大会や映画祭や「ひげnight」などのイベントのこと、ゲイの老後、ゲイマーケットのことなど、多彩なテーマのお話が宝箱のように詰め合わせになっています。
 
 第6章「リブリブした話」では、ゲイとして生きるということ、カミングアウトのこと、ゲイテイストとはどういうことか、といったお話が、第7章「二丁目の明日」では、レズビアンのこと、デフ(ろう者)のゲイや手話のこと、ノンケの友達のこと、二丁目の未来などがテーマになっています(タックさんが二丁目にあったらいいなと書いていた、街をあげてのお祭りやコミュニティセンターは現実のものになりました。感慨深いですね)

 最後のコメンタリーは、『道をつくる2023』トークイベント『「ゲイのみなさん、元気でやってますか?」タックさんの生きる技術』のレポートでもお伝えしていた、タックさんが長いジェンダーの旅の果てにノンバイナリーであるというアイデンティティにたどり着いたというお話でした。僕自身も、サム・スミスのような人が現れて、無理に自分をゲイ(ジェンダーアイデンティティが男性)という枠に押し込めなくていいんだと思えたし、もしかしたら自分もノンバイナリーなのかもしれないとも感じていただけに、尊敬する先輩であるタックさんがそういうふうに言ってくれたことは、我が事のようにうれしい、「おめでとうございます」と言いたくなるような…ちょっとうまく言葉にできないのですが、なんともいえない感動がありました。 
 
 1995年という、まだインターネットも普及していない、ゲイアプリもない(ゲイの出会いといえばゲイ雑誌の通信欄が主流だった)時代、まだゲイが本当に愛する同性のパートナーと生涯を共にして生きていくことが当たり前ではなかった(多くの方が女性との結婚を余儀なくされていたし、二丁目の人たちもそれが現実的だと思っていた)時代にタックさんが二丁目から発信したこの本は、確かにそういう出会いのツールなど今では古くなってしまった情報などもありますが、ゲイの愛と性、パートナーシップ、友達の大切さ、コミュニティの意味やイベントの楽しさなどゲイライフの本質的な部分は、今を生きる方にとっても変わらずに当てはまる真実だと思いますし、その古びなさはスゴいと思います。タックさんが周囲に流されず、ゲイにとっての幸せや、ゲイの未来をしっかり考え、生きてきたからこそ思い描けたビジョンだと言えるでしょう。本当に素晴らしいです。
「僕たちゲイは、魔法によって昼間は鷹に変えられたレディ・ホークさながら、夕闇とともにやっと人間の姿に戻れるというわけだ」といった、タックさんだからこそのセンスが光るフレーズが散りばめられているのも素敵です。そういう意味でも、この本を上回るゲイガイドってもう世に出ないんじゃないかと思うような本です。
 
 
 「復刊に寄せて」でタックさんが、「蛇足」が好き、「程よいところで留めておけない人間の性を愛してやまない」と書いていたので、お言葉に甘えて、蛇足というか余談というか、全く個人的なことを書かせていただきます。
 僕は田舎で過ごした中高時代にゲイであること(というより、世間の偏見。ゲイを肯定する情報が全くなく、自分は“異端”であり、地獄の業火に焼かれる運命なのだと思い込んでいたこと)に苦悩し、こんな自分に未来はないと思っていたのですが、進学で関西に行って初めてゲイの友達や彼氏ができて生きる希望が持てて、1991年に大学の生協で伏見憲明さんの『プライベート・ゲイ・ライフ』という本を発見し、初めてゲイのことを真っ当に書いた本と出会って、その後も西野浩司さんの『新宿二丁目で君に逢ったら』や別冊宝島のゲイ三部作(『ゲイの贈り物』『ゲイのおもちゃ箱』『ゲイの学園天国!』)といった本を心の糧にしていきました。『二丁目からウロコ』もそんな本の一つです。
 学生時代につきあっていたパートナーと東京に旅行に行ったとき初めて「タックスノット」に行き、タックさん(とゲンさん)に会った時のことはまだ憶えています。西野さんの『新宿二丁目で君に逢ったら』に出てくる「三月うさぎ」みたいなお店に行きたいと言ったら「それはここよ」と笑われたりして。就職で上京してからの数年間は、会社という社会の厳しさを思い知り、クローゼットなリーマンとして暮らしていたのですが、1996年1月にダムタイプの「S/N」を観て衝撃を受け、彼らの打ち上げパーティでドラァグクイーンのショーを観て、さらに雷に打たれたような衝撃を受け、たぶん2月に「タックスノット」で「ドラァグクイーンになるにはどうしたらよいのでしょうか」と相談したところ、隣にいたお客さんが「これに行くといいよ」と言って「QUEER IN SPACE」と書かれたL&G映画祭プレパーティのフライヤーを手渡してくれて、それを観に行って、出演していたUPPER CAMPのファンになり、その門を叩いた(火曜日に「タックスノット」に入っていたUC主宰の斎藤さんを訪ね、お願いした)…というふうに、今の僕(がこれでよかったかどうかはともかく)があるのは「タックスノット」のおかげでもあります。それに、今振り返ってみると、「S/N」という高度なパフォーマンス作品を観てその意義を理解し、自分事として受け止めて血肉化することができた、その素養というかベースになったのは、『二丁目からウロコ』のような、ゲイである自分を肯定し、未来を信じて生きていっていいんだと思わせてくれるような本だったと思います。ですから、今回、ひさしぶりに『二丁目からウロコ』を読んで、いろんなことが懐かしく思い出されたとともに、感謝するような気持ちになりました。本当にありがとうございます。
 
(文:後藤純一)



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