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COLUMN

エムポックス(サル痘)のワクチン接種について

日本でもようやくエムポックスワクチンの接種が可能になりましたので、具体的な情報をお伝えするとともに、HIV陽性者の方たちの接種に関する懸念、国産ワクチンの問題点についてお伝えします。

エムポックス(サル痘)のワクチン接種について

 世界的には沈静化しつつあるものの、日本ではじわじわと感染が増え続けているエムポックス(サル痘)。6月25日時点で186例の症例が確認されています。
 感染経路や予防法などについてはぜひ「MPOX GUIDE BOOK」をご覧いただきたいのですが(トップ画像が表紙です)、日本でもようやく臨床研究に参加するかたちでのワクチン接種が可能になりましたので、具体的にどこで、どのような方がワクチンを受けられるのかということについての情報をお伝えするとともに、HIV陽性者の方たちのワクチン接種への懸念、国産ワクチンの問題点についてもお伝えします。
 

<エムポックスワクチンの接種を希望する方へ>

 現在、国立国際医療研究センター等で、エムポックスに対する予防が薬事承認されているLC16というワクチンを用いた曝露前予防に関する臨床研究が、エムポックスの感染リスクが高い成人の方(性行動が活発なMSMの方)を対象に実施されています。
 原則として研究実施医療機関に通院している方が対象で、通院していなくて参加を希望する方には、「研究の選択基準と除外基準に関する医学的な適格性を確実に評価する」必要性から、研究実施医療機関を事前に受診し、基準を満たしているかどうかの確認が行なわれます(なので、希望者がすべてワクチンを接種できるとは限りません)
 ワクチンを受けられる(臨床研究に参加できる)方を大まかにお伝えすると、
・HIV陽性者で、継続的に治療を受けていて、免疫値が十分高い方
・4ヶ月以内にHIV陰性であることが確認できていて、PrEPを行なっている方
・4ヶ月以内にHIV陰性であることが確認できていて、過去1年以内に梅毒や淋病・クラミジアの罹患歴がある、または、過去1年以内にグループセックスに参加したことがある、または、現在2名以上のセックスパートナーがいるMSMの方(トランスジェンダーの方も含む)
です。

 1回目の受診でこうした基準に合うかどうかの診断が行なわれ、2回目の受診でワクチン接種が実施されます。
 なお、いずれも受診は平日の昼間の時間帯で、電話予約も平日の昼間の限られた時間です。
 1回目の受診時に初診料2880円(税別)が、ワクチン接種には3100円の費用がかかります。1回目の受診時にHIVのスクリーニング検査を受ける必要があると判断された場合、別途約3000円(税別)がかかります。
 
 詳しくはこちらのページをご覧ください。
 同時に、以下の<問題>についても、ぜひ知っていただきたいです(特にHIV陽性者の方は)
 

<HIV陽性者には推奨できない国産ワクチンの問題>
  
 7月10日の毎日新聞医療プレミア「エムポックスワクチン、厚労省はなぜ日本製に固執するのか」で、谷口恭・太融寺町谷口医院院長が、日本製エムポックスワクチン(LC16)の問題点を指摘しています。

 エムポックス(サル痘)のワクチン接種が可能に!とのニュースでお伝えしたように、6月15日、厚労省が、日本製のエムポックスワクチン(LC16)を、MSMやHIV陽性者などに接種する臨床研究を国立国際医療研究センターで始めたと発表しました(国立国際医療研究センターでの臨床研究の内容は、上記でお伝えした通りです)
 谷口医師は、これに関して「少なくともHIV陽性者の人は慎重になった方がいい」と述べています。
 現在、世界的に主流のエムポックスワクチンは2019年に登場したデンマークのBavarian Nordic社のMVA-BN(商品名Jynneos)です。世界保健機関(WHO)の2023年3月2日の報告によると、世界83ヵ国がすでにこのワクチンを導入しています。このワクチンは「replication-deficient vaccine(複製不能ワクチン)」と呼ばれ、接種後にワクチンのせいで体内でウイルスが増殖するリスクがありません。
 一方、日本の「LC16」は「弱毒生ワクチン」で、体内でウイルスが増殖するリスクがあるため、免疫能が低下している人や(ステロイドなどの)免疫抑制剤を使用している人には接種できないとされています。HIV陽性者もそうで、たとえ抗ウイルス薬の治療によって血中ウイルス量が抑えられていても接種することができません。(毎日新聞医療プレミア編集部が厚労省などに取材したところによると、MVA―BNもLC16も弱毒生ワクチンですが、MVA―BNは体内のウイルスの複製能を喪失させているのに対し、LC16は複製能の低下にとどまるという違いがある、とのことです)
 こちらのコラムでもお伝えしたように、HIV陽性者はエムポックスの最たるハイリスク層です。海外では、エムポックス感染者の半数近くがHIV陽性者で、重症化したり亡くなったりする方の多くもHIV陽性者です。ですからHIV陽性者にこそ、ワクチン接種が必要なのです。デンマーク産のMVA-BNは、HIV陽性者にとってまさに救世主のような存在です。
 しかし、国産の「LC16」は、「明らかに免疫機能に異常のある疾患を有する者及び免疫抑制をきたす治療を受けている者」「まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのある者」を「接種不適当者」としています。厚労省の審議会の議事録資料でも、「LC16」を生産するKMバイオロジクス社の担当者が「(LC16は)弱毒生ワクチンになりますので、免疫抑制剤とか免疫機能が低下した方というのは基本的に禁忌となっております。(中略)HIV陽性者の方につきましても、臨床試験でこのような方を対象にしたデータというのはとっておりませんので、人でのデータはないというところになりますので、やはり基本的には接種は禁忌ということになります」と語ったと書かれています。 
 2023年6月13日に日本エイズ学会は、HIV陽性者および陰性者へのエムポックスワクチンに関するガイドラインver.1を公表し、そこには「国内承認ワクチンであるLC16は、CD4数が200/µL以上かつ血中HIV量の抑制が得られている場合に、接種を検討してよい。ただし、HIV感染者における有効性および安全性のエビデンスはないため、接種前にワクチン接種のリスクおよびメリットについて十分な説明を行なう必要がある」と書かれていました。
(編集部によると、厚労省などは取材に対し「HIV陽性者での臨床試験成績がないことなどを踏まえ、審議会では、より安全側に立った見解として、『(免疫機能が低下した)HIV陽性者は基本的には接種は禁忌』という回答になった。一方、LC16の添付文書に基づき、HIV陽性者でも治療が適切になされ、接種医師により「明らかに免疫機能に異常のある疾患を有する者」に該当しないと診断されれば、予防接種の必要性、副反応、有用性について十分な説明を行ない、同意を確実に得た上で接種することは可能」と説明しています。国立国際医療研究センターで始まった臨床研究についても「接種医師の診断及びリスク・ベネフィットの説明を適切に行ない、被験者の同意を得た上で適切な管理体制の下、実施されると理解している」と話しています)
 谷口医師は、「厚労省の見解としては、治療によって免疫機能が維持されているHIV陽性者であれば、LC16も接種は可能ということのようです。昨年の効能追加の段階では、実際にヒトへの接種をしていなかったため、今回の臨床研究で実際に接種して、有効性と安全性を評価しようというのでしょう。しかし、HIV陽性者に限って言えば、そこまでして日本製ワクチンを導入してリスクを抱えなくとも、安全性が確認されているMVA-BNを使用すれば済む話です」と指摘しています。「もちろんこの点に関して最も不安に感じているのはHIV陽性の当事者の方たちです。実際、HIV陽性者の団体「JaNP+」も疑問の声明を発表しています※1。なぜ安全なMVA-BNを輸入してもらえないのか?ということについての行政からの説明がないことで不安が増強するのではないでしょうか」
 谷口医師は、HIV陽性者からのワクチンを受けてよいかとの問い合わせに対し、全員に「現時点では見合わせた方がよい」と答えているそうです。
 記事はこう締めくくられています。「エムポックスのワクチン問題に対する答えは簡単です。他国(世界の83ヵ国)と同様、安全なMVA-BNを仕入れてHIV陽性者を含むハイリスク者や希望者に接種すればいいだけの話です。なぜ日本の行政はこんな単純なことをしないのでしょう。この国はファイザー社、モデルナ社の新型コロナウイルスのワクチンを世界の多くの国より先駆けて入手しました。その政治力があるのに、なぜエムポックスでは海外から仕入れずに国産メーカーにこだわるのでしょうか。まさか、今度は海外ではなく国内の会社にもうけさせるため、ではないと信じたいですが……」

※1 HIV陽性者ネットワーク「JaNP+」の声明「Mpoxワクチン接種の前に知ってほしいこと ――なぜいま「臨床研究」なのか...背景と疑問」には、「KMバイオロジックスは、長くHIV/AIDSに取り組む国内のコミュニティの間では薬害HIV事件の被告企業・化学及血清治療法研究所(化血研)の系列会社としても知られています」「このような状況になっている理由は未だ不明ですが、国が特定企業の経済的利益を優先し、患者の健康を後回しにしているのではないかと疑わざるを得ません。すでに臨床レベルで安全性・有効性が認められているワクチンを導入する決定を行わずに、HIV陽性者やゲイ・バイセクシュアル男性等を“実験台”にしてまで、あえてリスクのあるワクチン開発を国が後押ししているのは、なぜなのでしょうか?」「すでにLC16の臨床研究は開始されておりますので、こちらをお読みいただいた皆さんが接種を勧められた場合には、上記を考慮に入れた上で検討していただけたら幸いです」と書かれています。
 
 
 エムポックスワクチンを最も必要としているHIV陽性者のために、海外の安全なワクチンを輸入し、使えるようにするのが最善策だということは明らかです。しかし、谷口医師や「JaNP+」の高久さんが述べているように、なぜか国は、HIV陽性者への接種の安全性が確認されていない、体内でウイルスが増殖するリスクがある国産ワクチンの使用にこだわっています(臨床研究というかたちでHIV陽性者を“実験台”にしてまで…)
 エムポックスの流行は、HIV陽性者にとっては「命に関わる」問題です。「命を救う」ための施策を進めていただきたいです。
 

【追記】2023.7.13
 日本エイズ学会が海外の安全なエムポックスワクチンの承認を提言する「日本におけるサル痘(エムポックス)感染拡大阻止のためのワクチン戦略に関する提言書」を厚労省に提出したことを発表しました(詳細はこちら
 早く海外産ワクチンが承認されてほしいですし、この提言は厚労省の政策に影響力を持つであろうもので、提言にあたって尽力されたみなさんに敬意を表するものです。ただ、いま行なわれているワクチン接種で、CD4が200以上のHIV陽性者にも接種が行なわれている問題について、これを止めてくださいと要望するところまでは踏み込んでいませんでした。
 最も重症化しやすい方たちこそが安全にワクチン接種を受けられるような体制が、一日も早く整えられてほしいです。



【追記】2023.8,21
<国立国際医療研究センターの氏家医師によるエムポックスワクチンに関する説明>

 8月17日、国立国際医療研究センタートラベルクリニック医長でエムポックス患者の診療にも当たっている氏家無限医師が、エムポックスワクチンに関するゲイメディア向け説明会を開いてくださいました。HIV陽性者のワクチン接種の安全性についてお聞きしたかったので、いくつか質問をさせていただき、回答をいただけました。以下、氏家医師からのエムポックスワクチンについての基本情報の説明、質疑応答、所感(まとめ)をお伝えします。 
 
エムポックスワクチンの基本情報 

 日本にある天然痘ワクチンはすべて生ワクチンです。子どもの頃に天然痘ワクチン(種痘)を受けた跡がある方もいらっしゃると思いますが、エムポックスに対しても疫学的有効性が確認されています。1976年以降、接種されなくなったのですが、海外に派遣される自衛隊員には接種されていました。
 現在世界で使用されているのは、毒性を低減し、安全性を担保した第三世代の天然痘ワクチンで、MVA(複製能がない。増殖しない生ワクチン)は欧米を中心に広く使われています、同じ第三世代のLC16(複製能がある弱毒化生ワクチン)ももともと天然痘に対して日本で開発されたワクチンで、小児や自衛隊員に接種し、安全が確認されたため、1975年に正式に天然痘予防で承認されました。
 2022年、エムポックスが世界的に流行。これまでエムポックスはアフリカでのみ流行していたので、天然痘ワクチンをエムポックスでも適用するに当たり、有効性と安全性の評価が必要でした。実はMVAも、承認時点では発症予防効果は確認されていません。LC16は、1973年~1974年に接種された小児約5万人のうち、臨床観察された約1万人で善感が95%に上り、副反応もさほど見られず、これらの知見をふまえ、承認されることになりました。WHOもエムポックスのワクチンに関する暫定ガイドラインで使用を推奨しています。
 LC16が通常とワクチンと違うのは、二又針を用いるところです(接種手順ガイドがWeb上で公開されています)
 MVAも有効性が確認され、複製されないので免疫不全であっても安全に使用できるのですが、その代わり、免疫原性が落ちるので、2回打つ必要があります。流行の規模や、接種からどれくらい間が空いているかによっても有効性が変わってきます。長期的には、接種歴があっても再び感染するというケースもあり、有効性の評価が続けられているところです。 

 生ワクチンは短期間に製造することが難しいため、限られたワクチンをどういう方に優先的に接種するかが問題になってきます。昨年の6月から濃厚接触者に対する曝露後のワクチン接種を臨床研究として実施しました。昨年はそんなに患者がいなかったので、実際に受けたのは6名だけで、うち2名が(免疫が安定している)HIV陽性者で、全てエムポックスを発症することなく、副反応も軽微で済みました。

 現在は、曝露後のワクチン接種に関する臨床研究に加え、曝露前の、予防としてのワクチン接種を臨床研究として行なっています。MVAは有効性の評価が出てきている一方、LC16は日本だけで、一般には流通していないので、評価する必要があります。参加していただける対象の方は、HIV陽性者でCD4が安定している方、またはHIV陽性ではない方で感染リスクの高い方(性的にアクティブな方)などが条件です(詳細はこちらの図をご覧ください)
 HIV陽性者で免疫が安定している方の基準はCD4が200以上で、根拠は、WHOの暫定的な推奨ガイドラインです。強度の免疫不全の方には接種できないというのは、他の生ワクチンも同様で、定義としてCD4が200未満という基準がよく使われています。HIV陽性者でもしっかり治療されていて免疫が高い場合は、特段重症化リスクも高くないということがわかっています。HIV自体ではなく、免疫力が問題なのです。

 なお、これまでにエムポックス感染が明らかになった人の累計は194名で、東京が6割以上、次いで大阪、神奈川、埼玉、千葉などが多くなっています。厚労省のレポートがあった186名の時点で、全て男性で、性的に活発な20代~40代が多くなっています。2023年5月2日時点での評価報告では、発疹で診断につながった方がほとんどで、発熱は7、8割でした。届出時点で把握できた67例のうち、HIV陽性者が64%で、その他STI感染者が85%を占めていました(詳細はこちら
 最近は感染報告がほとんどないため、定期的詳細報告も終了しています。
  
HIV陽性者のワクチン接種に関する質疑応答

Q1:国産の「LC16」は、「明らかに免疫機能に異常のある疾患を有する者及び免疫抑制をきたす治療を受けている者」「まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのある者」を「接種不適当者」としています。厚労省の審議会の議事録資料でも、「LC16」を生産するKMバイオロジクス社の担当者が「(LC16は)弱毒生ワクチンになりますので、免疫抑制剤とか免疫機能が低下した方というのは基本的に禁忌となっております。(中略)HIV陽性者の方につきましても、臨床試験でこのような方を対象にしたデータというのはとっておりませんので、人でのデータはないというところになりますので、やはり基本的には接種は禁忌ということになります」と語ったと書かれています。 
 日本エイズ学会は「CD4数が200/µL以上かつ血中HIV量の抑制が得られている場合に、接種を検討してよい。ただし、HIV感染者における有効性および安全性のエビデンスはないため、接種前にワクチン接種のリスクおよびメリットについて十分な説明を行なう必要がある」との見解だそうですが、本当にHIV陽性者に接種しても大丈夫だと言えるのでしょうか。
 接種する方に、事前にリスクについて十分に説明をするとしても、万が一、ワクチンを接種したHIV陽性者の身に何か起こってしまった場合、どう責任を取られるのでしょうか…。
 
A1:免疫不全であれば、禁忌というのはその通りですが、HIVに感染していること自体が免疫不全を意味するわけではありません。生ワクチンは、特に病気を持っていない方であっても病態に陥る可能性はゼロではありません。要因がいろいろあって、その一つが免疫不全です。
 免疫不全の規定はCD4カウント200/μL未満がよく使われます。一般的にCD4が低くなければ免疫の機能は問題ないと医学的に評価されています。
 アフリカに行く際、同じ弱毒生ワクチンである黄熱病のワクチンを接種する必要がある場合がありますが、その際もCD4カウントが200/μL以上であれば大丈夫、と判断されています。黄熱病以外にも経口ポリオワクチン、麻疹、風疹、おたふくかぜなどの弱毒生ワクチンを接種する際も同様です。HIV陽性だから接種を受けられないのではなく、免疫機能が安定しているかどうかという基準になっています。
 LC16については、HIV陽性者の安全性や有効性のデータが乏しいのはその通りです。今回の問題は、HIV陽性者に対するエムポックス 感染予防の対策も重要である以上、医学的には大丈夫なはずだから、CD4が200以上で免疫が安定している方であれば、ご希望があれば接種の対象にしようということです。
 これまで研究を通じてLC16の接種を受けたHIV感染者の方々もいらっしゃいますが、現時点で重篤な副反応は報告されていません。
 補償についてお伝えすると、LC16は昨年8月に薬機法で承認されていますので、入院や後遺症など重篤な副作用についてはPMDA法に基づく副反応の救済制度の適用対象になるだろうと思われます。加えて、臨床研究にも保険というものがあって、入院には至らないけど長期にわたって通院を余儀なくされるなどPMDAの対象にならないケースについては、同等の補償が研究保険で受けられる可能性があります。もちろん内容や、因果関係など、個別事例ごとに対応が異なってきますが、そこも含めて、研究に参加していただく方に補償の説明をしています。

Q2:これはすぐには答えが出ない、いろんな研究を待たないとわからないことかもしれませんが…。昨年の欧米でのエムポックス感染者の多くがゲイ・バイセクシュアル男性で、その半数近くをHIV陽性者が占めていました。先ほどの氏家先生のお話でも、日本でも、報告時点でHIV感染の有無が判明していたエムポックス患者67名のうち65%をHIV陽性者が占めていたというお話がありました。ゲイ・バイセクシュアル男性の中でHIV陽性者の方がそこまで多いわけではないのに(以前、20人に1人くらいという話を聞いたことがあります)、エムポックス感染の半数~65%がHIV陽性者であるというのは、びっくりするような割合の高さです。やはり、何か免疫力とかの関係でHIV陽性者の方の「エムポックスへの感染しやすさ」があるのではないかと思ってしまうのですが…(だとしたら、CD4200以上であっても、HIV陽性者へのエムポックスの生ワクチンの接種についても懸念が残るのではないかと…)

A2:いろんな要因があって、複雑な話だと思います。
 いちばんは、疫学的な背景です。MSMの中でHIV感染する方にもいろんな方がいますが、一つ言えるのは、イスラエルの報告にもあるように、性的に活発な方はHIVにも感染しやすいし、エムポックスにも感染しやすいという知見があります。また、私もたくさん患者さんを見ていますが、多くが、性的活動が非常に活発で感染の機会も多い方でした。
 また、HIV陽性の方は治療のために定期的に通院しているので、そうでない方よりも医療アクセスが良いということも言えます。エムポックスに感染した方のなかには、重症化せず、診療を受けずに放置している方も少なからずいらっしゃると思われるのですが、HIV陽性者のほうが医療機関を受診してエムポックスも陽性だとわかる方が多いだろうと。
 それから、感染の成立かと発症及び重症化はまた機序が違う話で、コロナウイルスもそうですが、感染の成立自体は、免疫の違いにかかわらず、ウイルスがエムポックスウイルスに対する免疫のない方の体内で細胞に感染というメカニズムですので、もともとエムポックスウイルスに対する抗体がないという点での感染成立のリスクは変わらないわけです。増えやすいか、発症しやすいかというのは、免疫機能との関係になってきます。ですので、感染の有無のみに関しては、HIV陽性かどうかということがどう関係してくるかは、医学的には説明がつきにくいです。むしろ疫学的な要因、つまり、先ほど述べたような性行動のことや、医療へのアクセスのしやすさということが背景にある可能性が高いと思います。
 

感じたこと

 HIV陽性であっても、きちんと治療を続けていれば、ずっと元気に暮らしていける時代になっているということ、ウイルスが検出値以下になっている人は他人にうつす心配もないということ(U=U)などは認識していました。今回、エムポックスだけでなく様々な感染症でCD4が200以上か未満かということが生ワクチン接種の基準になっている、HIV陽性かどうかということ自体が問題ではなく免疫不全かどうかが問題であるというお話を聞いて、治療を続けていて免疫の状態が安定しているHIV陽性者というのは、免疫力という観点ではもはや陰性の人と変わらないということがよくわかりましたし、また、にもかかわらず、HIV陽性というだけでワクチン接種の対象外とされるのは、接種を受けたい人にとっては不条理だろうな…とも思いました。たしかにエムポックスとしてのワクチン接種はこれまで前例がなかったので、今回接種を受ける方が初めてとなってしまうわけですが、他の黄熱病など様々な感染症のワクチンでもCD4が200以上か未満かという基準でやってきて、これまで接種を受けたHIV陽性者の方に健康上の問題が特になかったので、医学的には問題ないだろうと判断されるという説明もわかりました。たった2例ですが、曝露後のワクチン接種でHIV陽性者の方がエムポックスを発症したり、重篤な副反応が起きたということもなかったということも知りました。もし何か健康上の問題が起きたとしても補償もされる、事前に説明もしっかりなされる、ということもわかりました。
 現実問題として、エムポックスに感染する人のなかでHIV陽性者が占める割合はとても高く、感染不安のある(治療を続けていて免疫が安定している)HIV陽性者の方がワクチンを受けたいと希望したとき、HIV陽性者だからといって門前払いしてしまうほうが、当事者にとってはうれしくない、困ってしまう、不条理に感じる取扱い(ルール)なのでしょう。であれば、希望する方には接種を可能にする、門戸を開くほうがよいのだろうと思いました。

 いちばんいいのは、複製能のないMVAを輸入し、使えるようにすることです。しかし、国がそのように動いてくれるかどうかはわかりません。それを待っていたら、ワクチンを打てずにエムポックスに感染してしまう人が増えてしまうかもしれません(感染してしまう人の多くがHIV陽性者です)。そうして感染が拡大しているうちに、自身がHIVに感染していることに気づかず免疫不全を起こしている方がエムポックスにも感染して、重篤化したり、命にかかわるような状態に陥るかもしれない、海外のように死者が出るかもしれない…と考えると、現実問題としては、今あるワクチンを、打てる人は打って、できるだけ感染拡大を食い止めていったほうがよいのだろうと思いました。
 繰り返しになりますが、本当は日本でも、多くの国がそうしているように、MVAを輸入し、使えるようにすればいいと思います。g-lad xxではたびたびそのように訴えてきました。しかし、残念ながら状況は変わっていませんし、(HIV関連団体の方は国に働きかけてくださっているようですが)LGBTQコミュニティ内でもあまり声は上がっていないようです。
 幸い、日本ではエムポックスで重症化して亡くなったりする方もなく、今は流行も落ち着いてきているようですが、今後ももしかしたら(気候変動などの影響で?)新たな、もっと怖い感染症が私たちのコミュニティを襲うかもしれません。80年代のアメリカのようなことにならないよう、コミュニティの結束力を強めていかなければ、と思います。
 

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